第9惑星ビニル

見た映画の感想を書き綴ります。

映画感想『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』仕事をこなしただけなのに

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原題:Sicario: Day of the Soldado
製作年:2018年
製作国:アメリ
監督:ステファノ・ソッリマ
出演:ベニチオ・デル・トロジョシュ・ブローリンイザベラ・モナーマシュー・モディーンキャサリン・キーナー、マヌエル・ガルシア=ルルフォ

あらすじ:CIAが麻薬カルテル同士の抗争を企てますが途中で作戦中止になりました。

アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争を描いた『ボーダーライン』(2016年)の続編。原題のSicarioはスペイン語で「殺し屋」という意味です。個人的には「国境」「昼と夜」「敵と味方」「法と秩序」「正義と悪」といった様々な『ボーダーライン』が登場し、そのボーダーラインが曖昧になったり踏み越えられたりする映画なので中々練られた良い邦題だと思っています。本作でもボーダーラインを越えることの危うさ、もはや巨大なビジネスとしてシステムが成立している国境越え、本当の正義とは、悪とは何なのかという様々な現実を突きつける映画となっています。

前作のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督から今回はイタリア人監督のステファノ・ソッリマにバトンタッチ。前作は撮影が名匠ロジャー・ディーキンスということもあり芸術映画のような重厚さがありましたが、今回はテンポの良さの中に真綿でじわじわと首を絞めるような演出とメキシコ国境地帯のような乾いた画面が印象的で見事でした。そして脚本は現実にある地獄を書かせたら超一級のテイラー・シェリダンが続投。相変わらず「マジでそんな世界があんの…?」とドン引きしてしまうほど地獄のような現実描写と臓腑にズドンとくる嫌ーな人間ドラマで見る人の眉間の皺を増やす仕事っぷりでした。

アメリカ国内で起きた自爆テロ。実行犯は麻薬カルテルの手引きでメキシコから来た不法移民である、と睨んだ国土安全保障省カルテルの殲滅に動き出します。まずこの冒頭のツカミに度肝を抜かれました。前作は「カルテルのアジトに行ったら壁の中が死体だらけ」という強烈なツカミで「メキシコ怖い!」というトラウマを植えつけましが、本作では「車から降りてきた男たちが民間人であふれるスーパーに入ってそのまま自爆テロ」という流れをほぼカットなしで描くというツカミで「自爆テロ怖い!」というトラウマを植えつけてきます。

国土安全保障省はCIAの工作員マット(ジョシュ・ブローリン)にカルテルの殲滅を依頼。マットは旧友の暗殺者アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)に「ルールなし。今回は何をやってもいい」と協力を要請します。麻薬カルテルに家族を皆殺しにされた過去を持つアレハンドロの瞳に火が灯ります。前作から見てる身としては地獄を経験しすぎて完全に人間として壊れてしまった二人の描写が印象に残ります。容疑者を非人道的、と言うかどう考えてもやり過ぎだろ!的な手段(軍事ドローンが家族の住む自宅をロックオンしている映像を見せる)で尋問するマット。そして前作以降死んだ目で潜伏していたであろうアレハンドロ。久しぶりに再開した二人が粗末な椅子に食事を置いて(部屋に食事用のテーブルがないので)もそもそと食べる様子は切なさの極みでした。

カルテルの構成員を装って別のカルテルのボスの娘イザベラ(イザベル・モナー)を誘拐しカルテル同士の抗争を誘発しようと試みますが、情報のリークや警察の裏切り等の不運が重なり作戦は暗礁に乗り上げます。その上なりゆきでメキシコ警察を殺害したことで政府間の問題に発展することを恐れた安全保障省が作戦の打ち切りを一方的に決定します。メキシコでイザベラと潜伏しているアレハンドロはどうするのか、マットはアレハンドロをどう処理するのか…。この各々が与えられた仕事をこなしただけなのに上層部の命令で地獄のデスマーチへと発展していく様子には胃が痛くなります。あるある、よくありますよこういうの。しかもよく考えると冒頭の作戦会議で安全保障省は明確に「やれ」と言ったわけではなくマット自ら誘拐作戦を提案するように促すというやり方で逃げ道を作っていることを思い出して心底嫌な気分になります。あるあるー本当にあるよーそういうの。上層部の一方的な命令をただ伝えるだけの上司にマットが言い放つ「俺は仕事をした。お前も仕事をしろ」というセリフが胸を打ちます。僕も会社でそう言いたくなる場面が何度あっただろう…。CIA工作員でも普通の会社員でも仕事の尻拭いはつらいということがよくわかります。この映画のタイトルの「ソルジャーズ」には「社会人」とルビを振ってもいいと思います。これはまさにソルジャーズ・デイ(社会人の日々)です。

社会人的なつらさが光る今作ですが、今回はギャングを志す青年ミゲルとカルテルの令嬢イザベラという対称的な二人の子どもを配置することで「子どもから大人へ」「平和な日常から地獄のような現実へ」という新たな「ボーダーライン」を越える話が加わり、より物語に深みが出ていました。この映画は子どもが地獄を体験することで成長する物語であり、人間として壊れてしまった主人公二人が彼らと関わることでかすかに人の心を見せる物語でもあります。特に仇であるボスの娘イザベラに自身の娘に起きたことを重ねて次第に同情を寄せるアレハンドロにじんわりと感動してしまいます。ベニチオ・デル・トロのクールな魅力と繊細な演技が光ります。そしてそのアレハンドロを何とかして守ろうとするマット…この二人の腐れ縁のような関係性がさらに強調されているのも素晴らしかったですね。

脚本のテイラー・シェリダンによるとこの『Sicario』シリーズは三部作だということなのでこの物語の続きが見れるのか!という思いと次はどんな地獄かな…という思いが交錯します。しかし最終章が楽しみであることは間違いありません。僕は仕事で嫌なことがあった日に駆け込むようにこの映画を見て最高にハマってしまったのでそんな精神状態の人に特にオススメです!ファック仕事!でもファックな仕事でも誰かが終わらせなればならない!俺たちもSoldado(兵士)だ!!

 

・『ボーダーライン』

監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ、脚本テイラー・シェリダン、撮影ロジャー・ディーキンス、音楽ヨハン・ヨハンソンという最強の布陣で作られた前作。美しい映像や重厚な音楽も最高ですがとにかく「メキシコ麻薬戦争怖えー!」となる一本です。

 

・『オンリー・ザ・ブレイブ

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2018年のジョシュ・ブローリンは『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』『デッドプール2』と大活躍でしたが個人的に推したいのはこの一本。山火事に挑む消防隊の奮闘を描く人間ドラマ。「山火事なら俺たちに任せな!イエーイ!」みたいなアメリカンなノリの映画だと思って見ているとあまりにも衝撃的な展開に愕然とするとてつもない映画です。