第9惑星ビニル

見た映画の感想を書き綴ります。

2023年映画ベストテン+α

こんにちは、ビニールタッキーです。

2023年も楽しい映画ばかりでした。コロナ禍が落ち着き、ようやく本格的に映画館に観客が戻ってきました。一方でハリウッドでは脚本家と俳優のストライキが長期化し、大々的なPR活動や映画製作ができず大幅な影響が出ました。(念のため言っておきますがそれもこれも正当な報酬を払おうとしなかった大手スタジオのせいですからね!脚本家や俳優のせいではありません)他にも『エブエブ』がオスカーで最多7冠、バーベンハイマー現象、MCUの「ヒーロー疲れ」、A24の商業化への路線変更など様々なトピックがありました。

2023年に私が見た映画は新作・旧作合わせて113本でした。本業の仕事の方も忙しかった割に100本超えしたので見れた方だと思います。しかし映画館での鑑賞や試写を優先するあまりNetflixやアマプラなどの配信限定作品はよほど気合を入れないと見逃してしまうという傾向がありましたね…特にアマプラに関しては海外で評価の高い作品が日本ではしれっと配信されることがあるので今後是正したいと思います。

それでは今回もいい映画ばかりでベストテンでは収まりきらないのでベスト20まで含めたベストテン+αでご紹介したいと思います。行ってみよう!


第20位 ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー

日本のIPがここまで海外で大ヒットするとは思っていませんでした。(『バービー』公開までは2023年最大のヒット作)海外でも親しまれている日本のIPをハリウッドが映画化した成功例として『名探偵ピカチュウ』『ソニック・ザ・ムービー』がありましたが、この作品でホップ・ステップ・ジャンプを決めたような感じだと思いました。しかも単にマリオをアニメ化するのではなく、ドンキーコングマリオカート(見ようによってはスマブラも)のような他のゲームも混ぜ込んで「あの大好きなゲームたちの映画化!」という感じになっていたのが興味深かったです。マリオがマンハッタンに住むイタリア系の配管工という設定を活かした家族観や地元感をストーリーに絡めているのも良かったです。何よりもアニメとして無類に面白かった!ジャック・ブラッククッパも最高でした。

 

第19位 ベネデッタ

ポール・ヴァーホーヴェン監督作。最初に海外評を見たときはエログロにフォーカスが当てられているものが多かった(特にマリア像をアレするくだりが冒涜的だと騒がれていた)んですが、ベネデッタという豪傑ピカレスク映画という感じで最高でしたね。キリストのお告げを受けた!と主張を繰り返すベネデッタの姿を見ていると、戒律が厳しいと見せかけて頭から尻尾まで堕落し切っていた当時の社会に湾曲的に異を唱えているように見えます。ともすれば歴史はこういう女性たちを魔女と呼んできたのかもしれないな…と感じました。ヴァーホーヴェン監督はこの映画を撮影した時に既に80歳越えだったそうですが、歳を重ねても「人間は臓物の詰まった物体」という認識が通底しているのはすごいな、と感じました。

 

第18位 イニシェリン島の精霊

アイルランドの小さな島で男二人が仲違いする」というだけの話がなぜこんなに面白いのか…!確かにこんなつまんない男(コリン・ファレル)とずっと連んでいたらロクな人生にならないな…ともう一人の男(ブレンダン・グリーソン)に共感するんですが、指のくだりのあたりでそんなに…と観客をドン引きさせてサイコスリラーみさえ感じさせる物語が異様で見事です。何となく仕事して終わったらパブでビールを引っ掛けて世間話をするという永遠に続くようなルーティンワーク感の見せ方がうまくて田舎在住民としては見に積まされました。ただ、それに比べたら音楽を愛することが崇高である、というわけでもないというバランスの取れた描き方もうまいなあと思いました。

第17位 キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

スコセッシはとにかく映画が上手い!3時間越えの映画なのに中弛みも無駄も一切なく一気に語ってみせる手腕の凄まじさ。1920年代のオクラホマの先住民居住区で起きた先住民の連続変死事件を追う物語。元々事件を捜査する保安官役でオファーされたレオナルド・ディカプリオが、「こっちの方がいい」と地元の権力者にいいように使われる情けない白人男アーネストを選び、彼の視点で事件の経緯を追う映画にしたという判断が見事。もし保安官視点の話だったらもう少し普通のミステリーになっており、先住民の暮らしぶりや伝統の変化、白人たちのおぞましい人種差別や犯罪がここまで浮き彫りにならなかったと思います。最後にはスコセッシ本人すら出てくる演出にこの物語を語りたいという本気度を感じて唸りました。個人的にはリリー・グラッドストーンに主演女優賞を獲ってほしいと願っています。

 

第16位 ハント

俳優として活躍してきたイ・ジョンジェの初監督作!という下駄をわざわざ履かせなくても素晴らしかった。初監督というフレッシュさよりもこれまで何本も撮ってきたかのような重厚さとエンタメのケレン味のバランスが取れた映画でした。素晴らしい脚本があるが誰も映画化しないので自分が監督した…と本人は語っていますが、彼が監督しなければ集まらなかったであろう韓国映画好きならグッとくる豪華俳優陣のカメオ出演に胸が熱くなります。映画の内容も韓国の実際の大統領暗殺未遂事件をベースに大胆な脚色と政治批判に満ちた痛烈な物語で圧倒されました。それでいて序盤のテロリスト制圧、日本での激しい銃撃戦やラストの大見せ場などアクションエンタメとしての面白さを十分に満たしており、本当に素晴らしいと感じました。もう何本も撮っちゃって下さいよ!と言いたくもなります。

 

第15位 オオカミの家

ブラジルに実在したカルトコミューンを題材にしたストップモーションアニメ映画。まず映画を見始めて、この映画が「カルトコミューンの子どもたちのための啓蒙映画」という入れ子構造になっていることに度肝を抜かれました。ここで描かれていることはコミューンにおける道徳教養であり「こうならないように村から出ないようにしましょうね〜」という子ども向けのプロバガンダになっていることに心底ゾッとしました。そこで繰り広げられるストップモーションアニメは登場人物も舞台も大きくなったり小さくなったり常に形を変えたりと複雑怪奇なもの。しかし実写と見紛うような超絶技巧のストップモーションアニメが話題になる一方で、ストップモーションって本来はこんな風に形をめちゃくちゃに変えてもいいし舞台とキャラが同化してもいいし常に流動的に動き回ってもいい自由な表現方法なんだ!と気付かされました。その自由な表現方法で不気味さや悍ましさを見せるというまさに蠱惑的という言葉の似合う映画でした。この映画にアリ・アスター監督が惚れ込んで自身の新作『ボーはおそれている』に参加をオファーしたという話もこの作品の非凡さを感じさせます。

 

第14位 ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!

あの激亀忍者がセス・ローゲンのプロデュースでアニメ映画化!監督は傑作『ミッチェル家とマシンの反乱』の共同監督の一人ジェフ・ロウという時点でただならぬ雰囲気を感じる映画でしたが予想通り予想以上にはちゃめちゃで胸が熱くなる映画でした。これまで何度もメディアミックスされた作品ですが「ティーンエイジ」の部分に強く焦点を当てたのはこれが初めてではないでしょうか。4人のタートルズを声を演じたのは全員10代。しかも少しオタクでギークな感じの今時の若者という感じです。実際に劇中で話しているポップカルチャーネタは本人たちの趣味や好きなものが反映されているそうです。「普通の高校に通ってみたい」という4人が、高校に行きたくない映画の代表格『フェリスはある朝突然に』に感化されるという引用に笑いましたが、結局は『フェリス〜』のもう一つの側面である親から解き放たれる10代の話に収束していくのがうまいと思いました。「人間の嫌われ者」である生き物たちがヴィランという構図も見事でした。『ザ・ボーイズ』で露悪と社会的メッセージを組み合わせたセス・ローゲンですがこの映画では優しく若者の成長を見守るような感じで面白いな、と思いました。

 

第13位 長ぐつをはいたネコと9つの命

シュレック』に登場した長靴をはいたネコのプスのスピンオフ映画『長ぐつをはいたネコ』の11年ぶりの続編。同じドリームワークスアニメーションの2022年の傑作『バッドガイズ』のような2Dと3Dを組み合わせたアニメーションと大胆なパースや動きを取り入れたアクションがとても楽しい映画です。しかし内容は「這い寄る死をどう考えればいいのか」という非常に重たいもの。9つの命を持っていたプスも自由気ままに生きるうちに命はあと1つになってしまったところから話が始まります。プスを執拗に追いかける殺し屋のウルフ(本作のヴィランであり最強にかっこいい悪役。声はヴァグネル・モウラ、日本語吹替版は津田健次郎!)は死神の象徴でもあります。そんな重たい話に「自分らしく生きるとは何なのか」とか「血の繋がっていない家族にも確実に愛はある」(3びきのクマの家族)とか子ども向け映画として真っ当なメッセージもあってとても良かったと思います。

 

第12位 窓ぎわのトットちゃん

黒柳徹子の自伝小説でベストセラーの『窓ぎわのトットちゃん』のアニメ化。「信頼できる映画好きが推しているので見に行ったら本当によかった映画」というのが毎年必ずありますが今年はこれです。劇場で予告編を見たときに絵柄や雰囲気からあまり期待が持てなかったのですが「とんでもない作品」という情報を聞きつけて観に行きました。本当にすごい映画でした。元々の原作小説が持っていた昭和を懐かしむテイストと戦争が忍び寄る雰囲気を見事に演出していました。特に日常に戦争が忍び寄る感じは食生活の変化やいつも街で見かけるおじさんがいない…などの極力最小限の見せ方をしているのが恐怖を倍増させていたように思います。個人的な話ですが実家の母がいわさきちひろ好きで原作小説もリビングの本棚に面出しで置かれていた家庭環境だった自分にとって劇中でいわさきちひろ風のアニメーションが始まった時は思わず涙が流れました。この『窓ぎわのトットちゃん』をはじめ、『君たちはどう生きるか』『ゴジラ -1.0』『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』など、2023年に公開されたヒット邦画が軒並み反戦映画であったことは記憶に残しておきたいです。

 

第11位 バービー

世界的に有名なバービー人形を『レディ・バード』『わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグが実写化、しかもマーゴット・ロビー率いるラッキーチャッププロダクションの製作でマーゴット自身が主演という企画を聞いたときはひっくり返りました。しかも監督のパートナーのノア・バームバックが脚本に参加していてライアン・ゴズリングがケン役というはちゃめちゃな企画に「絶対普通の映画にはならない」と思っていましたが本当にすごい映画でした。「バービーワールドで楽しく暮らしていたバービーが実存に目覚めて現実世界に行ったら女性蔑視と男性優位主義全開の世界でカルチャーショックを受ける」といういやよく通ったなこの企画!という内容でしかも当のマテル社が男性社会の権化のように描かれていて皮肉を受け入れる欧米の精神を感じました。しかし語られている内容はフェミニズムの教科書の冒頭のような話で少し肩透かしを食らった感じはありましたが、ここから話し始めなければいけないという事態の深刻さを痛感しました。実際にアメリカで空前のヒットを生んだのもこのわかりやすさとケンに象徴される「男もつらいんよ」という内容を含んでいたからだと思いました。また、『バービー』はアメリカのコメディの文脈で見てもとても興味深い映画で、その辺については当ブログで記事を書きましたのでご一読ください。

 

 

第10位 ホーンテッドマンション

今年の10位映画(この映画は自分のベストテンの10位に入れなければならないと感じさせる映画)はこちらです。多分推す人がそんなにいない(北米でも興行的に不振だった)と思われるので個人的にゴリ推ししたいと思いベストテン入りさせました。大好きなラキース・スタンフィールドがディズニー映画で主演!という個人的な思い入れもあるんですが、お話がとてもよかった…!元物理学者の主人公(ラキース)が訳あって歴史ツアーガイドをしているところに幽霊屋敷の調査の依頼が来るが…というお話なんですが、舞台であるニューオリンズの特殊な死生観、ブードゥー教などの怪しい雰囲気、そして曲者揃いの調査隊がお互いを信頼する流れがとにかく素晴らしかったです。特に「お葬式(=死)は悲しいものではなく明るく楽しく祝うもの」というニューオリンズならではの風習がこの映画全体に通底するテーマになっており、それが象徴的に実を結ぶラストにはボロボロに泣きました。何となく避けていた、という方もこれを機会に観てほしい!今ならディズニープラスで見れますよ!

 

第9位 ペルリンプスと秘密の森

ブラジルの監督アレ・アブレウによるアニメーション映画。テクノロジーを得意とする太陽の国のクラエと、自然を大切にする月の国のブルーオが、破壊される森を救うために謎の存在「ペルリンプス」を探す物語。ファンタジー色の強い見た目ですが冒頭から登場する森を破壊する者の姿やお話の構造から何となく現実にある問題を象徴していることがすぐにわかります。しかしこの映画の本当の凄さはそういう観客の何となくの予想を遥かに吹き飛ばすような物語構造にあると思いました。正直、初めて観た時にその予想外の展開と、作り手の決心と志の高さ、そして現実の問題の切実さに圧倒されてしまいました。そこに絡まるカラフルで美しい映像と祝祭のような明るくて躍動する音楽というバランスの妙にも唸ります。アート映画でありながら社会的メッセージも強い素晴らしいアニメーション作品です。

 

第8位 マイ・エレメント

ピクサー最新作にして久々の大ヒット作。正直予告編を観た時はそんなにひかれず、期待値もかなり低めでした。しかし実際に見てみると本当に素晴らしい映画で涙を流してしまいました。こんな自分のような観客が多かったようで、公開週はまずまずの出足だったものの口コミで評判が広がってV字回復したという現象が海外でも日本でも起きたという話を聞いた時は笑ってしまいました。みんな期待値低めだったんかい!水や火のようなエレメントが住む街の話と聞いたときはまた随分ぶっ飛んだ設定だなと思ったんですが、いざ見てみるとそれぞれのエレメントが人種に準えられていて、主人公の火属性の女の子はアメリカにおける韓国系移民であることがはっきりわかる作りになっています。監督のピーター・ソーンは韓国系移民で、両親の望む職に就き、同じ韓国系と結婚することを求められていましたが、結局はアニメーターとなり白人女性と結婚するという人生を歩みました。まさにその監督の経験を元に作られた個人的な映画が、世界中で共感を呼んで大ヒットしたのです。ポン・ジュノマーティン・スコセッシに言われた「個人的な話が普遍的である」という言葉を思い出すような映画でした。もちろんピクサーなので当然のように映像は美しく、特に水と火が交わるとどうなるかという表現にかなり力を入れていたと感じます。またピクサーには珍しくロマンティックな男女の恋愛を描いていたというのも印象に残りました。

 

第7位 ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り

今年のベストテンの中で一つだけ絶対の自信を持って他人に進められる映画というと、この『ダンジョンズ&ドラゴンズ』になります。ファンタジー映画なので少しだけとっつきにくいかもしれませんがドラクエやFFなどのRPGを通った人ならすんなり理解できる世界観だと思います。(むしろD&Dの方が先輩なのでわかりやすい)とにかく登場キャラクターがみんな魅力的で、起承転結がはっきりしているストーリー、性格も特技もバラバラな負け犬チームが人々を救うために奮闘するという王道の展開、アップデートされた価値観や多様性のバランスも素晴らしいという文句のつけようのない完璧な作品です。しかもTRPGの映画化なので「TRPG特有の面白さ」を映画に盛り込むという工夫とそれが見事に成功していることに感動すら覚えます。例えば行動する前によく作戦を練る、という点はまさにTRPGですし、主人公エドガンとホルガ男女であっても恋愛関係にならない感じもTRPGだから(男性が女性キャラ、女性が男性キャラをプレイすることもあるので男女の恋愛みたいなものは物語に入り込まない)という裏話にも唸りました。ゼンク(レゲ=ジャン・ペイジ)を指し示す「セクシーパラディン」という呼称がバズって本人まで届いたという現象もいい思い出です。

 

第6位 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

本当にすごい映画でした。何せ日本公開が本国よりおよそ1年ぐらい遅かったので「ロッテントマトフレッシュ!」「各種映画賞受賞!」といった前情報がどんどん入ってきて「いやスイス・アーミー・マン』の監督コンビ(ダニエルズ)の新作やぞ!?そんなことあるか?」とかなり疑心暗鬼を覚えています。中国系アメリカ人でコインランドリーを営む普通の中年女性(ミシェル・ヨー)が全宇宙・全次元の命運を託されてしまうというぶっ飛んだ話ながら、家族観、アジア系移民のアイデンティティ、映画愛、クィア表現と何もかもをごちゃ混ぜにしているのに感動が湧き上がるという凄まじい映画です。でも冷静に考えると常軌を逸したはちゃめちゃなことが起きているのに最後は謎の感動に包まれるという感じはまさにダニエルズ印であり、その才能が全て良い方向に動いたのだと感じました。ミシェル・ヨーが脚本を読んだ時に「ついに私が何でもできるということを証明できる映画が来た」と涙を流したという逸話も忘れられません。キー・ホイ・クァンの完全復帰作という点でも歴史的映画だと思いました。まあ本当に変な映画なんですが。

 

第5位 ニモーナ

2023年も様々な傑作アニメーションがありましたが個人的にNo.1はこの『ニモーナ』です。中世のような見た目だがTVなどが存在する不思議な世界で、平民出身で騎士になる寸前に濡れ衣を着せられたバリスターと、様々な動物に変身する能力を持つニモーナが手を組んで無実を証明するために奔走する物語です。その独特な中世世界の世界観やピンクの動物に変身して暴れ回るニモーナのアクションも抜群に楽しいのですが、バリスターが騎士団長の男性とゲイカップルであることからも分かる通り、とても多様性を取り入れた作品になっています。そして見て行くうちに、姿形を変えるニモーナにはトランスジェンダーの子どもの意識や悩みが反映されていることがわかります。特に終盤のニモーナの悲痛なシーンは実際に悩みを抱えている子どものSOSのようで胸が痛みます。このように楽しいアニメーションを通して今まさに悩んでいる子どもたち(とその周囲の大人たち)にそっと手を差し伸べるような物語が本当に素晴らしいと思いました。この映画、元々20世紀FOX配下で作られていたものがディズニー買収のいざこざで製作中止になったものの、Netflixやアンナプルナが手を差し伸べて完成させたという経緯があります。特にこの時期のディズニーはクリエイターが提案するLGBTQ描写に対して検閲を行なっていたという内部証言もありましたが、その逆境に負けず、一度潰されても立ち上がり、志ある人たちの助けを得て、無事完成されたこの素晴らしい映画を祝福したいと思います。

 

第4位 ファースト・カウ

西部開拓時代の初期、オレゴン州で周りの荒くれどもには馴染めない料理人のクッキーと、ある理由で追われる身のキング・ルーが出会い、一攫千金のために地域にたった一頭の牛から乳を盗みドーナツを作って儲けようとする話です。西部劇は山ほどありますが、こんなに優しく落ち着いた男二人の映画は見たことがないな、と思いました。おそらく本当は西部開拓時代にもいたはずなのに語られなかった(=いないことにされていた)人々の話だと感じました。男二人がお互いを自然に気遣うような仕草や、日々の淡々とした暮らし、そして他人の牛の乳を盗むというほんの少しの冒険心、そういったささやかだけどかけがえのない場面に胸を打たれます。彼ら二人だけでなく、彼らの手作りの甘い甘いドーナツを食べた荒くれどもの顔が綻ぶところなんかも忘れられません。この映画、内容としても面白いんですが冒頭で現代のシーンがあるのがとても秀逸だと感じました。あのシーンがあるからこそラストの展開の奥行きが広がったのだと思っています。そういう意味で映画としても出来が素晴らしいと思いました。

 

第3位 aftersun/アフターサン

11歳の時に父親と二人で行った海外旅行のビデオを、20年後に当時の父親と同じ歳になった娘が見返すというお話。父とは最後の旅行になったあの日々を見返すことで、当時父は何を考えていたのかを類推して思いを馳せる物語になっています。この「類推する」というのがとても肝で、この映画に登場する父(ポール・メスカル)はあくまで思い出の中の父であり、時折登場する父単独の場面は娘が類推したものになっているということです。そのためいわゆる「信用できない語り部」の話なのですが、その人がもういなくなってから「あの時はこうだったんじゃないか」「こんなことで悩んでたんじゃないか」と類推することの切なさ、寂しさが全体に漂っていました。ビデオの燦々と輝く陽光と荒くて少しギラっとした映像、父の思い出の淡さが何とも言えないメランコリックさを出していて忘れられない映画となりました。特にラストカットは本当に今思い出しても涙が流れてしまいます。ありがたいことに推薦コメントを公式で寄せたのですが、まさに心に染み込むような映画でした。

 

第2位 大いなる自由

同性愛が法律で禁止されていたドイツで、何度刑務所に入れられても愛することをやめなかったハンス(フランツ・ロゴフスキ)の物語。最初は明示されないため少し混乱したのですが、ハンスが刑務所に入れられた3つの時系列を巧みにシャッフルしています。これによって時代の変化とハンス自身の変化を描いていました。なぜこの映画に強く惹かれたかというと、その題材の強いメッセージ性と徹底した間接表現の旨さです。冒頭の淡々とした監視カメラの映像や、その後の刑務官とのやりとり、ハンスが初めて刑務所に入れられた(正確に言うと移送された)時に腕の数字のタトゥーを映すなど、少ないセリフやカットでその背景にある奥行きを感じられる演出が見事です。そして同性愛という内心の自由を法律で奪うことの残酷さが克明に描かれていました。青く冷たい刑務所に差し込む日の光がまるでレンブラントの絵画のような映像、渋く切なく泣いているかのようなトランペットなど、映像も音楽も素晴らしいものでした。果たして本当の「大いなる自由」とは何なのかをまさに投げかけるようなラストの展開も素晴らしかったです。

 

第1位 ボトムス ~最底で最強?な私たち~

モテないレズビアンの高校生二人が憧れのチアリーダーとヤリたいがためにファイトクラブを結成するが…という青春映画。この映画は一定の面白さがあるのでランキング10位以内に入れる人も多いと思うんですが、自分としてはこれを1位にしなければならないという使命感を感じました。こんなにしょうもなくて、下品で、バカバカしい、レズビアンの高校生の映画が作られたということが本当に嬉しいんです。『ブックスマート』が公開された時「こんなにしょうもない女の子の青春映画が作られるなんて」という風に評されていましたが『ボトムス』はその数十倍しょうもないです。モテない男子二人がなんとかしてモテようと嘘をついたり奮闘したりする青春映画、という童貞青春映画のフォーマットをそのままレズビアンの高校生に置き換えただけでこんなに破壊的で革新的な映画になるとは思いませんでした。うっかりついた嘘が女性のエンパワーメントのムーブに巻き込まれていくというストーリーなんて普通の作り手には考えつかないものだと感じました。終盤の「でもやるんだよ!」的な大乱闘シーンが特にめちゃくちゃ好きで、画面で起きてることは流血と馬鹿みたいなどんちゃん騒ぎなんですが涙を流してしまいました。アヨ・エデビリとレイチェル・セノット、チアリーダー役のハバナ・ローズ・リウや友人役のルビー・クルーズといった注目の若手俳優が大活躍してるという点でも本当に見れて良かったと思いました。唯一の心残りはこれが劇場公開ではなくアマゾンプライム限定配信だったことですね…こればかりは仕方のないことですが、逆に言えば見やすいということなので気になった方はぜひ見てください!下品な映画ですが!

 

以上です。いやー2023年も色んな映画を見れました。2024年も始まったばかりで色々辛いことや悲しいことが起きていますが、映画というエンタメで心の健康と価値観を養うことを続けたいと思います。ではまた!