第9惑星ビニル

見た映画の感想を書き綴ります。

映画感想『クリード 炎の宿敵』そして父になる

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原題:Creed II
製作年:2018年
製作国:アメリ
監督:スティーブン・ケイプル・Jr.
出演:マイケル・B・ジョーダンシルベスター・スタローンテッサ・トンプソン、フィリシア・ラシャド、ドルフ・ラングレン

あらすじ:アポロ・クリードの息子とイワン・ドラゴの息子がボクシングで戦います。

『ロッキー』(1977年)シリーズの正統なスピンオフシリーズであり、今となっては説明不要の大傑作『クリード チャンプを継ぐ男』(2016年)の続編。前作は観るたびに泣く、というより日常でセリフやシーンを思い出すだけで目が潤んできてしまうほど大好きな映画です。

そんな大好きな映画の続編が、あの『ロッキー4』(1986年)で最大のライバルだったイワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)の息子ヴィクター(フローリアン・ムンテアヌ)とアポロの息子であるアドニスクリードマイケル・B・ジョーダン)が激突するという話だと聞いてシリーズファンとしては「もうその時点でいい映画に決まってるだろ!」と興奮度MAX!!!しかし監督は前作のライアン・クーグラー監督から彼の友人である新進気鋭のスティーブン・ケイプル・Jr.監督にバトンタッチしたということで期待と興奮と不安がゴチャゴチャになった状態で鑑賞しました。

結果としては誇張でもなんでもなく本当に終始泣いていました。ホロホロと泣きながら合掌して「みんな幸せになってほしい」と願いながら鑑賞するという後から思い返すと相当やばい鑑賞スタイルとなってしまいました。

前述した通りドラゴの息子ヴィクターとアポロの息子アドニスの因縁の対決!となるとやはり『ロッキー4』ばりにイケイケでアッパーなトーンの映画になるか!?(ド派手なお手伝いロボットとかジェームズ・ブラウンが歌う入場シーンみたいなのが出るのか!?)と思いきや、ちょっとびっくりするほど静かで切ないドラゴ親子の日常描写にまず胸をつかれます。ロッキーに負けて以降30年以上ドラゴがこんな寂しい生活をしていたなんて…。もちろんシリーズファンなのでドラゴのことを忘れたことはありませんが、彼がロッキーに敗北した後の人生については考えたことがありません。かつては冷徹なサイボーグのようでしたが人生の酸いも甘いも経験して後悔と苦悩と遺恨を全身に刻みつけているかのようなドルフ・ラングレンの老演技に涙が出ます。

このように本作は肉体同士がぶつかり合うボクシング映画でありながら、とても静かで淡々としたトーンで「家族のあり方」や「父と子の関係」について語る映画でもあります。今回アドニス、ドラゴ、そしてロッキーの三者三様の家族模様が描かれます。特にアドニスビアンカテッサ・トンプソン)の肩の力の抜けた、それでいて悩みを抱える夫婦の描写はよかったですね。チャンプになり守るものが増えるアドニスと、妻であり1人のアーティストでもあるビアンカのバランスが良いと感じました。そしてチャンプになることと父親になることは全然違うということを特に丁寧に描写していました。泣き止まない娘を連れて真夜中のジムを訪れるアドニス…あんなに精悍で筋肉質な男が赤ん坊を相手に本当に頼りない姿を晒すのが印象的です。その姿を優しく見守るように映し出される、ジムの窓に描かれたアポロのイラスト。「ダメなパパでごめんな」というアドニスのセリフは、もしかしたら天国のアポロの思う言葉でもあり、ドラゴやロッキーも抱えている気持ちでもあるのかもしれません。

他にも印象的なセリフがありました。ロッキーが家の前のずっと電気が切れたままの街灯を指してこう言います「灯りが点かなければただの棒だ」。もちろんこれはヴィクター戦に対して復讐以外の強い動機がないアドニスを示す暗喩であると同時に、息子と仲違いして喪失感を抱えたままのロッキーを示しています。さらに言えば地位も名声も妻も失って正常な親子関係をも失ってしまったドラゴのことを示しているのかもしれません。消えてしまった灯りを点けるにはどうすればいいか。やはり家族の存在が火を灯すのです。

思い返せば『ロッキー』は一匹狼を気取っていたロッキーがエイドリアンやポーリーやミッキーといった自分を支えてくれる仲間がいることを知り、強くなっていく物語です。チャンプになり野獣を気取っていたアドニスも、ビアンカや義理の母やロッキーといった自分を支えてくれる”チーム”がいると気付き、戦う心を取り戻します。まさに原点回帰という感じで魂の継承を強く感じました。

そして最終的に迎えるアドニスvsヴィクター戦。ロッキーシリーズは回を重ねるごとに勝負の付け方で苦悩している印象があります。単純に勝つだけではなく一度負けた相手に特訓して勝つとか、勝負よりもっと大切な政治的なメッセージを込めるとか、中には試合ではなく場外乱闘で決着するみたいなケースもありました。そういう意味で言うと本作の最終戦の落としどころは本当に素晴らしく、個人的には1作目のアポロvsロッキー戦の「最終15ラウンドまでリングに立つ」にも匹敵するか、それを超えるレベルの最高の決着だったと思います。確かに試合の勝ち負けは付きましたが、アドニスも、ヴィクターも、そしてドラゴやロッキーまでもが全員救済されるような本当に素晴らしい決着でした。あのドラゴの決断は、かの有名な荻昌弘さんの名解説「これは人生「する」か「しない」かというその分かれ道で、「する」の方を選んだ勇気ある人々の物語です」という言葉を思い出します。あのリングサイドをよたよた歩くドラゴは惨めに見えたかもしれません。情けなかったかもしれません。でもあの瞬間、ドラゴも「する」を選んだ勇気ある人になったんです。そしてその決断はロッキーがずっと抱えていた心の傷も救ったんです。

そんな風にドラゴが決めたのはなぜなのか。手負いの獣のようなヴィクターの心を揺り動かしたのは誰なのか。「戦っていても父の声が聞こえない」と言っていたアドニスが最大のピンチに陥ったときに聞いたのは誰の声なのか。まさに家族こそ最大の味方であり心に火を灯す存在なのです。

決着後の静かな静かなエンディング。父親となり改めて自分の父親と向き合えたアドニス。ほんの少しですが関係性が変わったドラゴ親子。そして…”リングに上がるためのたった3段の階段”よりも難しい障壁を乗り越えるロッキー。まるで『ランボー/最後の戦場』(2008年)のラストを思い出すような優しくて安らかな幕切れでした。自分が何者であるかを模索するアドニスと、静かに消えてしまいそうだったロッキーの物語として始まった『クリード』シリーズの続編として実に相応しい映画でした。

 

・『クリード チャンプを継ぐ男

ロッキーシリーズにリスペクトを捧げつつ新世代のロッキーシリーズを切り開いた大傑作です。今いる安定した場所から飛び出したり別の世界に挑戦したりすることを冷めた目で見てしまう若者たちを鼓舞する映画です。

 

・『ロッキー4』

ソ連の科学力の結集ドラゴ!アポロの死!リベンジバトル!全体的に荒っぽい映画ですが冷戦真っ只中に東西融和を訴えるという監督・脚本のスタローンの優しさが感じられて好きな映画です。この映画の「スポーツ科学的にそれはどうなんだ?」という感じの豪快な特訓シーンが本作でもオマージュされているのは少し笑ってしまいました。