第9惑星ビニル

見た映画の感想を書き綴ります。

2021年映画ベストテン+α

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こんにちは、ビニールタッキーです。

2021年はたくさん映画を見ました。大変ありがたいことに映画の試写、しかもご時世的にオンライン試写のご案内を頂くことが多くて地方在住の映画ファンとしては「ありがてぇありがてぇ…」と拝みながら見ていました。関係各社の皆様本当にありがとうございます。もちろん映画館の方も本当に厳しい時期だったので応援のために足繫く通いました。そんな感じで日々映画を見続けた結果、2021年は新作147本、旧作31本の計178本を見ました。さすがに見すぎだと思います。22年はもう少し自分の生活スタイルを崩さない程度に見ようと思います…

というわけで個人的2021映画ベストテンを発表したいのですが、これだけの本数を見るとベストテン以外にも印象に残る映画がいっぱいありました。ということでで20位から1位までの発表にしたいと思います。それでは行ってみよう!

第20位 モータルコンバット

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まず序盤の真田広之のカッコよさにいきなり涙を流し、映画オリジナル主人公に一瞬戸惑い、「人間界と魔界が戦う格闘技大会モータルコンバットというのがあって既に魔界が9連勝中で人間界は大ピンチ」という話にのけぞり、わりと本気のフェイタリティ(残酷描写)に興奮し、最後に「Techno Syndrome」が流れる頃には心の中で拍手を送っていました。人間界や魔界の描写はざっくりしてるのに残酷描写は本気、物語はおおざっぱだけど人物の関係性描写は繊細、などレーダーチャートにしたら一部の角が極端にはみ出ているような映画で好感が持てました。何よりもアジア系俳優が多く活躍していることに感動しました。(個人的に推しのルディ・リン(リュウ・カン役)の魅力がこの映画で知れ渡ったのもうれしい限り。少女漫画のような顔立ちに刃牙のような筋肉!)そしてこの映画なら胸を張って言える。「世界よ、これが真田広之だ!」

第19位 すべてが変わった日

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ポスターを見て息子の死と向き合う老夫婦の話かな…と予想したんですが「義理の娘が再婚した男が怪しい…と後を追ったらヤバすぎる家族の一員だった!」という恐怖のスリラー映画でした。このヤバい一家というのが『天空の城ラピュタ』のドーラ一家を猛烈に感じ悪くしたような連中で、特にドーラにあたる女家長のブランチ(レスリー・マンヴィル)が凄まじいの一言。2021年に見た映画の中でも屈指の嫌さ、狡猾さ、残忍さを持つ人物でした。事態がそっちに行ってほしくない…という方向にズンズン進んでいくのも最悪で最高。このアメリカ中西部の暗部みたいなテーマがどことなくテイラー・シェリダンっぽいなと思ったら主演のケヴィン・コスナーは彼が手掛けるドラマシリーズ『Yellowstone』にも主演していると知りました。この配役はその影響なのでは…とにらんでいます。ちなみにこれは全くの個人の感想なんですがこの映画をオンライン試写で鑑賞した時ちょうど新型コロナワクチンの副反応の高熱で苦しんでいたのでかなり悪夢的な映像体験でした。(注:体調が悪いときは映画とか見てないで安静に過ごしましょう)

第18位 RUN/ラン

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全編PCの画面のみで描く傑作スリラー『search/サーチ』のアニーシュ・チャガンティ監督が次に手掛けたのは病弱な娘と過保護な母親の家庭内スリラー。自分の身近にいて常に信頼していた家族の姿が徐々に揺らいでいくスリラー描写はさすが『サーチ』の監督。主演のクロエを演じるキーラ・アレンは実際に車椅子ユーザーということで健常者には分からない日常生活の動きやちょっとしたことに潜む困難などがとてもリアルで圧倒されました。予告編を見てなんとなく代理ミュンヒハウゼン症候群のことなのかな…と思っていると予想の斜め上を行く展開でウワーッ!となりました。賛否が分かれているらしいラストも僕は好きですね。そして怖い役の時のサラ・ポールソンはやっぱり怖い!

第17位 1秒先の彼女

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常に人よりテンポが早いせいで人生がうまくいってないと感じているシャオチーが運命的に出会った男性とデートの約束をしたが朝目覚めると約束の日の翌日になっていた…しかも身に覚えのない日焼けや記念写真が残っている…というちょっと不思議な台湾のラブコメ映画。この映画には大仕掛けがあるのでこれ以上は言えませんが、一歩間違うと人道的に危うくなってしまいそうな展開を、ある人物の健気な性格と一途な思いでちゃんと回避しているのが上手い!と思いました。周りとテンポが合わなくて悩んでいる人(自分もそういうところがある…)に「大丈夫だよ」と語りかけるような映画であり、思わず応援したくなるような恋愛映画なのでラストは「本当によかったね…」と涙を流しました。

第16位 サンドラの小さな家

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DV夫と別れたサンドラは幼い娘と引っ越そうとするが相次ぐ不況と資金難、不十分な社会保障で住む家が見つからない。ならば自分で家を建てるしかない!と無謀にも挑戦するがその熱意に協力者が集まる…というお話。アイルランドの女性監督がシングルマザーの友人の実体験をもとに、アイルランドの住宅問題と親権の問題、それらとどう向き合うべきかを示す映画でした。家の建築を手伝ってくれる人の中には"バイト仲間の知り合いの知り合い"みたいな薄い関係性の人もいるんですが、その一人が言った「初めて人に頼りにされてうれしかった」というセリフが心に強く残りました。アイルランドには日本における「情けは人の為ならず」のような精神が古来からあるらしく、困っているサンドラを助けた人たちも心が救われていくというお話がとてもよかったです。あとメインキャラの大工の親方の息子がダウン症の俳優さんなんですがそれについてなんの言及もなく普通に溶け込んでいるのもよかったですね。日常に当たり前にいる人が映画の中でも当たり前にいることの風通しのよさを感じました。

第15位 アイの歌声を聴かせて

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日本のオリジナル長編アニメーション映画。AIが日常に存在する近未来で高校に転入してきたシオンが実験中の人型AIだと知ったサトミとクラスメイト数人がシオンの正体がバレないように奮闘する…という青春映画。知り合いの映画ライターさんが宣伝本部長に就任したの?というぐらい猛プッシュしていたので予備知識ゼロで見に行ったらボロボロに泣いてしまいました。とにかく歌うことが大好きなシオンが特殊なハッキング能力で周りの全自動掃除機やスピーカーと一緒に歌い出すミュージカルシーンが新鮮でした。これがディズニーアニメでプリンセスが歌うと周囲の小鳥たちも踊り歌い出すシーンみたいで面白かったですねえ。この「ディズニーアニメのような」という部分が実は物語の肝になっているのも泣けて泣けてしょうがなかったです。詳細は避けますが自分は「誰かが遠くで誰かのことをずっと思っている」というお話に弱いのでこの映画には完全にやられました。他にも異なるスクールカーストに所属するクラスメイトたちが少しずつお互いを理解していく王道の展開も丁寧で最高です。日本のオリジナルアニメでこんなにクオリティが高くて泣ける映画があるなんて!もっとみんなに教えたい!とこの映画を見た人たちが宣伝本部長みたいになるのも納得しました。僕もその一人です。

第14位 隔たる世界の2人

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アメリカのBLM運動の大きなきっかけとなったジョージ・フロイド氏事件から発想を得たNetflix配信の短編映画。何度批判されても繰り返される白人警官による黒人への不当な暴力を、何度も繰り返されるタイムループに落とし込んだ傑作です。何でもない日常を送ってるだけなのに何をどうやっても必ず殺されてしまう、という展開はタイムループものあるあるなんですが、それを黒人青年と白人警官という"隔たる世界の2人"に落とし込むことで社会問題を直接反映しているのが素晴らしいと思いました。ぼんやりとした教訓話ではなく「この問題を取り扱っているんだ!」とはっきり示すエンディングも強烈で印象に残ります。ちょうどこの時期に白人と黒人の幼馴染が同じように生きて暮らしているのに世の中の見え方が全然違うということを描いた映画『ブラインドスポッティング』を見たばかりだったのでなおさら胸にズシンときました。

第13位 ザ・スイッチ

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『ハッピー・デス・デイ』『ハッピー・デス・デイ 2U』のクリストファー・ランドン監督の最新作。内気な高校生ミリーがある日無差別殺人鬼ブッチャーと心が入れ替わってしまう…というスラッシャーと入れ替わりモノを組み合わせたジャンルミックスホラー。中に女子がいるようにしか見えないヴィンス・ヴォーンがとにかく素晴らしい。巨漢の男性の身体を手に入れたことで内気だったミリーが次々と大胆な行動に出るのですが、その大胆さは元々彼女の中にあったのでは…と気づく成長物語になってるのがとてもいいんですよ。特にブッチャーの姿のままで憧れの男子と急接近するシーンは、やろうと思えばいくらでも悪ふざけとかギャグシーンになりそうなところを本当に真面目に丁寧に演出していて素晴らしかったですね。一方ミリーの身体に入ったブッチャーが「お前の身体に入ってわかったがお前は弱い。何の力もない」と女性の存在を身体の構造で否定してくるクソ野郎であるというのも重要です。他にもアフリカ系の友人が白人警官(ミリーのお姉さん)に本気で撃たれそうになる描写やゲイの友人の家庭の描写など細かいところにも風刺がありウィットに富んだ映画でした。

第12位 ライトハウス

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絶海の孤島に派遣された灯台守二人。一定の距離感を保っていた二人だが嵐によって連絡船が来なくなってから徐々に崩壊し始める。全編モノクロ、35mmフィルム撮影、登場人物はほぼ二人と公開前からやべー映画だぞと聞いていたのでまず予習のためにロバート・エガース監督の前作『ウィッチ』を見たらこれやべー監督だぞ!となりました。実際に映画を見てみるととにかく膨大な暗喩、暗喩、暗喩。そして神話や民話、絵画や映画の引用。抑圧的で横暴な老人(ウィレム・デフォー)と何か裏がありそうな若者(ロバート・パティンソン)の二人芝居が緊張感を高め、映画後半にドライブしていく感じが凄まじかったです。まさにライトハウス灯台)という巨大なファルスが示す男性性や男根主義を巡る物語でした。こんなに拘りが強くて暗喩が好きな監督だと同じく暗喩大好きなアリ・アスター(『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』)と気が合いそうだな、と思ったら実際にバッチリ意気投合しているらしくて笑ってしまいました。

第11位 シャン・チー テン・リングスの伝説

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もうこの映画はオープニングシークエンスに完全にやられました。最強の男ウェンウー(トニー・レオン)が龍の力を持つ一族の女性と戦うシーン。カンフーとダンスとロマンスが一体となった素晴らしいシーンでした。ウェンウーが負けた時に見せる「おもしれー女」的な表情も最高です。この悪役をトニー・レオンが演じたことが映画に深みを持たせています。あの亡き妻を求めて苦しむウェンウーとそれを心配そうに見つめる手下のシーンは本当に胸を打ちました。一方主人公のシャン・チーが本来の力を発揮するシーンは一瞬「ナメてた相手が実は殺人マシンでした」的な見え方でスカッとするんですが、彼の日常を見ると自分が殺人マシンであること、そしてあの父親の血を引いてることが本当に嫌だったんだな…と感じるのでその手の殺人マシン映画とは異なるテイストがありました。このようにカンフーで戦う肉体的なヒーローですが家父長制や有害な男性性を否定するようなキャラだったのがとても印象的でした。個人的には直線的で攻撃的なカンフーを曲線的で流れるような太極拳で制すという展開がマイフェイバリットカンフー映画『マスター・オブ・リアル・カンフー/大地無限』と同じで大興奮しました。(しかもこの両方にミシェル・ヨーが出ている!)。この柔よく剛を制すという戦闘スタイルがそのまま作品のテーマになっているのも往年のカンフー映画のようで胸熱でした。

第10位 ニュー・ミュータント

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X-MENシリーズの最新作にして20世紀フォックスX-MEN映画の最終作。色々あって日本では劇場未公開となってしまいました。僕はずっと楽しみにしていたので配信レンタル開始早々に鑑賞しました。この不遇な作品を10位に入れたことからもお分かり頂ける通り大好きなんですよ!特殊能力を持った人間の突然変異:ミュータントの姿に人類の差別の歴史を重ね合わせるのが映画X-MENでしたが、この作品はある日突然ミュータント能力を発動してしまった若者の姿に、身体が精神とは違うスピードで変化する実際の若者の戸惑いや不安のようなものを重ね合わせているのが面白いと思いました。とても小さい規模の話なのですが、人種差別、性暴力、同性愛など多くの要素を取り入れています。特に強く言いたいのはアメコミヒーロー映画で『エターナルズ』より『ニュー・ミュータント』の方が先に同性のキスシーンをやってるぞ!ということです。先駆者はこっち!あと『ホークアイ』でネイティブアメリカン設定のキャラを実際にネイティブアメリカンの俳優さんが演じて話題になったけど『ニュー・ミュータント』でネイティブアメリカン設定の主人公ダニーをネイティブアメリカンの俳優ブルー・ハントがやってるから!こっちの方が先!!あとアニャ・テイラー=ジョイがのっぺらぼうの男に襲われるシーンは『ラストナイト・イン・ソーホー』より『ニュー・ミュータント』の方が先にやってるから!!そんな感じで先駆的だし思いのほかよくできてるのに不遇な作品なので本当に応援したいんです!みんな見てくれ!

第9位 モンタナの目撃者

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大好きなテイラー・シェリダンの監督の最新作。数年前に山火事で生存者を救えなかったトラウマから出世街道を外れ自暴自棄になっている消防士ハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)が謎の暗殺者に追われている少年と出会うが、暗殺者の放った火が巨大な山火事となって彼らに襲い掛かってくる…というスリラー。保安官役のジョン・バーンサルは相変わらずテイシェリに愛されているな!(「バーンサルとは常に一緒に仕事をしたい」と公言している)というキャラでしたし彼のパートナーで妊婦のアリソン(メディナ・センゴア)はひどい目に合いそう…と思いきや物凄い大活躍を見せるのもテイシェリの新機軸という感じで最高でした。ハンナが「タフな女性」とか「母性本能で動く女性」といった女性という設定に頼ったキャラ付けではなく一人の大人として少年を助けるという描写になっているのがよかったですね。それをタフな女性や力強い母親のイメージがあるアンジーが演じているのが素晴らしい。このように男臭い描写が得意な一方で女性描写があまり芳しくなかったテイシェリがついにワンステージ上がった感じがしてとてもうれしくなる作品でした。

第8位 野球少女

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高校の野球部で唯一の女子部員がプロ入りを目指すスポーツ映画。主人公のチュ・スインはかつて天才野球少女ともてはやされた名投手だったが女性も入れるはずのプロリーグにはガラスの天井があった。そんな中一人の監督と出会う…。こう書くとスポ根映画みたいに見えますがどちらかというととても静かで淡々とした映画です。野球の試合のシーンも少なくその手の映画を期待した人は肩透かしを食らうかもしれません。しかしその静けさの中に炎が燃え盛っているような映画です。特に中盤で登場する彼女と同じくプロを目指している女性選手が思わず放つある一言、彼女の孤軍奮闘が全く知らない誰かに影響を与えていたことがわかるシーン、そして終盤である提案をされた時に彼女が放つセリフ、これら全てが本当に熱くて泣きました。同じく野球選手を目指す幼馴染の男の子が昔は弱っちかったのに今は身長も手のひらも自分より大きくなった…という描写は切なかったですね。野球業界だけでなく、どの業界にもあるような女性が突破できないガラスの天井をまざまざと見せ、なぜそんなものを作るのかと問い詰めてくるような映画でした。

第7位 小公女

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2021年から開始した動画配信サービスJAIHOが配信した韓国インディーズ映画。タバコとウイスキーと彼氏をこよなく愛するミソは家賃の値上がりをきっかけに家を諦めて学生時代の友人の家を転々とする放浪生活を始める。『パラサイト』のように貧困問題を描いているのか、というとそうでもなくどちらかというと学生時代の友人たちがすっかり"大人"になってそれぞれ悩みを抱えている様子を見ていく…というロードムービー風の話です。しかもミソは自分のスタイルを貫くタイプなので彼女に会った友人たちが影響を受けて変わっていくという変則的なロードムービーとなっています。とにかくこのミソが魅力的でハードボイルド小説の主人公のようなカッコよさがありました。酒とタバコが好き、貧しくても気高い、小さな楽しみを大切にする、彼氏(この彼氏がパッとしないのもいい!)のことを本当に愛しているので男性の友人宅に転がり込んでも全くいやらしい雰囲気にならない(これも本当にいい!)。この年見た映画の主人公の中で最もしびれた人物ですね。終盤にかけてのカタルシスも良く、物凄く出来のいい短編小説を読んだような後味でした。

第6位 モロッコ、彼女たちの朝

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身重の妊婦サミアが路頭に迷っているところを見たパン屋の女主人アブラは散々悩んだ末に彼女を家に招く。この二人が助け合う中でお互いの考え方に変化が起きていくというシスターフッドの物語です。なぜアブラが悩んだかというとモロッコでは未婚の妊婦はタブーだからなんです。この映画を撮ったモロッコ出身の女性新人監督マリヤム・トゥザニは子供の頃に両親が未婚の妊婦を匿ったという経験からこの映画を作ったそうです。この映画を見てふと気付いたのは彼女たちは男性がきっかけで生きづらさを抱えているのに肝心の男性はほとんど出てこないということ。サミアを妊娠させた男の姿は出てきません。アブラが心を閉ざすきっかけになった男たちも出てきません。この映画はそういった男たちを直接登場させない、つまり具体的なキャラクターを悪役に仕立てないことでこの問題はすべての男たちやそういう社会にあることを印象付けています。(ここで宗教をやり玉にあげないバランス感覚も見事です)まあただ単にサミアが相手の男をどうでもいいと考えているから、という風に見えるのもいいなと思います。他にもおいしそうなモロッコのパンや異国情緒あふれるカサブランカの街並み、フェルメールの絵画のような画面の作り方など目にも美味しい要素でいっぱいです。監督が昔匿った女性は結局その後どうなったのか分からないそうです。今どこで何をしているのか…そんな監督の気持ちがそのまま表れているようなエンディングも忘れられません。

第5位 パワー・オブ・ザ・ドッグス

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Netflix配信映画。20世紀初頭のアメリカ西部で牛の牧畜で生計を立てる兄弟。ある日弟が旅館の女主人と結婚したことから家族間に軋みが起こり始める。とにかくベネディクト・カンバーバッチ演じる兄フィルの剥き出しの男根のような有害な男性っぷりが本当にすごい。(特に弟の妻(キルスティン・ダンスト)を弄るシーンが本当にひどい)しかし映画を見続けていると中盤で彼の複雑な身の上がわかり印象が少し変わります。一方でジェシー・プレモンス演じる心優しい弟ジョージも結婚後の妻に対する言動を見ると結局は兄とは違う形で家父長制の型にはまっていることがわかります。そして妻の連れ子ピーターの男性性とは遠くかけ離れているように見えて実はふつふつと煮えたぎる感情。この登場人物たちの不協和音が奏でる「男らしさを巡る話」がメインテーマとなっています。時にヒリヒリと、時にじっとりと感じる人間関係、それを遠くから見つめているような美しい大自然。こんな重層的な西部劇を作り上げたジェーン・カンピオン監督は本当にすごいな!と唸りました。

第4位 フリー・ガイ

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GTAやフォートナイトのようなやりたい放題なオンラインゲームのモブキャラ・ガイ(ライアン・レイノルズ)が運命の女性モロトフガール(ジョディ・カマー)に出会い自我に目覚めるアクションロマンスコメディ。まず第一に「ガチャガチャした映画に見えるけどよく考えられているな」と思いました。例えばガイとモロトフガールの関係性や、プログラマーの男女の関係性など、これまでの恋愛映画の構図とは少し異なっていたりあえて逆転させていたりと「よく考えられているな!」と感心しました。一方で強欲な経営者が他人のIPを奪ったり適当に続編を作ろうとしたりするという話をディズニーに買収されたばかりの20世紀映画がやるというメタ的な構造には爆笑しました。(この買収のメタギャグがピークに達する"あの"シーンで劇場が爆笑に包まれたことは忘れられません)こういうゲーム世界を舞台にした映画は「ゲームもいいけど現実も大事にしなきゃだめだよ」というお説教みたいな結論に行きがちですが、この映画は「いやどっちも必要な人には必要だし大事だろ」という結論にしているのが本当に優しいと思いました。劇中に出てくる「確かにゲームはリアルじゃないが、今自分たちが感じている感情はリアルなんだ」というセリフはゲームを愛する人、ひいては映画や小説などフィクションの世界を愛する人すべてに捧げられているようで本当に感動しました。

第3位 キャンディマン

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1992年のホラー映画『キャンディマン』の続編。現代芸術家のアンソニーは新しく引っ越してきた土地に伝わる都市伝説「殺人鬼キャンディマン」の話に魅せられていく。いわゆるジェントリフィケーションによって地域のコミュニティやアイデンティティが崩壊していくことに警鐘を鳴らすような社会派ホラーでした。この映画の基となった1992年版『キャンディマン』は悲恋の末に残酷な最期を遂げたアフリカ系男性の怨念が怪物となって現代に蘇るという言わば黒人版『オペラ座の怪人』的なお話で当時としてもかなり人種差別や格差社会に切り込んだ映画でした。しかしキャンディマンが黒人白人・悪人善人も関係なく無差別に殺したり最後に怨念が白人に乗り移ってしまったりとテーマにブレがあるような感じがしました。今回の『キャンディマン』は"ジェントリフィケーション"されてしまった92年版から明確にアフリカ系のアイデンティティを取り戻すという企画意図を感じられ、そこに深く感動しました。「鏡の前で名前を5回唱えるとキャンディマンが現れて殺される」というちょっと陳腐なギミックを本気で怖くして斬新に見せるアイディアもいいですし、この設定をうまく活かした終盤の展開も見事でした。血なまぐさいホラー映画とは思えぬエンドロールの静かな紙芝居も忘れられない映画です。

第2位 ラーヤと龍の王国

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ここ数年のディズニーアニメには物語の王道の流れを裏切るとか別の視点で見てみるという試みを強く感じます。例えば『アナと雪の女王』は王子様のキスが問題の解決にはならず、『トイ・ストーリー4』は"みんな幸せに暮らしましたとさ"の向こう側を描き、『2分の1の魔法』は主人公の願いが全く予想だにしない形で叶うなど、大作映画だったら無難に選ぶであろう王道の展開をあえて避けてみることで新たな感動を湧き起こそうとする工夫を感じます。『ラーヤと龍の王国』もその工夫が最大限に活かされた映画でした。

太古の昔に五つに分断された国に恐るべき魔物が登場したので再び手を取り合って戦おう!という話なのですがそう簡単にはいきません。かつて魔物を封じ込めたという龍のシスーは実はほかの優秀な兄弟に比べて能力が弱く、あまり特殊能力もない龍であることがわかります。なぜそんなシスーが王国を救ったのか…。さらに主人公のラーヤの国とライバルであるナマーリの国の仲が相当悪く、物語の終盤近くまで二人は争うことになります。二人が本当に分かり合えるようになるのはラーヤがある危機的状況で選んだ意外な決断です。ここに「本当の信頼関係とはまず自分の中の疑心暗鬼を取り払うことから始まる」「異なる文化の相手を尊重する」「分断より融和」というテーマが強く込められていました。まさにコロナ禍で多くの国や人々が分断された世界に本当に必要なメッセージだと思いました。さらに言えばコロナ禍でアジア系がヘイトクライムの標的となってしまった世界で、アジアの文化を尊重し、アジア系の人々、特に子供たちを勇気づけた映画だと思っています。そういう意味で2021年に公開された映画の中でも特に重要な作品だと思います。

第1位 エターナルズ

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MCUの新作をまさか1位に上げることになるとは…と自分でもビックリなのですが『ザ・ライダー』で大ファンになったクロエ・ジャオ監督がMCUという大舞台で持ち味を最大限に発揮しつつヒーロー映画としても楽しい映画を作り上げたところに興奮しました。何よりもディズニー傘下のマーベルをはじめピクサースターウォーズなどが積極的に取り組んでいる多様性と包括性をここまで向上させたことに驚きました。主人公の配役が中国系イギリス人の女性(ジェンマ・チャン)であるということがそもそも画期的ですし、彼女を含むエターナルズもこれまでのMCUよりはるかに人種多様性に富んでいます。さらに手話で話すヒーロー役として実際に聴覚障害者の俳優(ローレン・リドロフ)を配役するなど包括性も取り入れています。日本人の観客としてはハリウッド映画で原爆投下を「恐ろしいこと」「悪事であること」とはっきり描いたのにも驚きました。(ただしこれがアメリカ人ではなく中国人監督によって実現したということは忘れずにいたいです)

原作コミックは「太古の昔に地球にやってきた宇宙人が人類に文明を与えた」という当時流行っていた古代宇宙人飛来説から影響を受けていますが、現在この説は「西欧文明以外に高度な文明が自然発生するわけがない」という差別的な思想だと批判されています。本作はこれを逆手にとって「宇宙人自体が多様だった」という風にアップデートしていることに驚きました。しかもこれらの先進的なアイディアがクロエ・ジャオによるものだったのです。『エターナルズ』とクロエ監督の過去作『ザ・ライダー』『ノマドランド』にも共通して「自分のアイデンティティだと思っていたものが失われた時にどうするか」というテーマがあります。しかしこれはMCUにおける『キャプテン・アメリカ』『アイアンマン』『マイティ・ソー』の各三部作、そしてMCU版『スパイダーマン』三部作においてもすべて共通するテーマなのです。つまりMCUが主要ヒーローで描いてきた喪失と成長の物語のエッセンスとクロエ・ジャオが毎回扱っているテーマはほぼ同じなのです。なのでアート映画的な印象のあるクロエ監督がヒーロー映画を撮れたのも資質があったからだと思えてならないのです。これは本当にすごい。そういうわけで『エターナルズ』は完璧な映画だと思います。思うんですが、いつかこの映画も古く感じるような世界になっていってほしいと思います。

 

以上、2021年映画ベストテン+αでした。本当はこの年劇場公開してくれた大作映画のワイスピとか007とかDUNEとかも入れてあげたかったな…とかいっぱい見てるつもりでも重要作をたくさん見逃してるな…とかこの年は邦画が良作揃いだったらしいけど全然見てないな…(『花束みたいな恋をした』は見てないのになぜか『CUBE 一度入ったら、最後』見てる)とか色々思うところはあるんですがどこに出しても恥ずかしくない僕のベストテンです!2022年も楽しい映画をいっぱい見ましょうね!